ナポレオンの失敗から自己分析力 を学ぶ
戦争の天才といえば、フランスの皇帝ナポレオンです。
ナポレオンから運が離れたのは有名なロシア遠征です。それは今までの戦いと戦い方を彼は変えたからなのです。変えたと上記致しましたが、彼、ナポレオンはなぜこれまで勝っていたかも本人がよく分かってなかったからです。
ナポレオンは戦場の天才で本当に勝ちまくっていたわけです。だれも戦場で戦ってナポレオンに勝てる人がいなかったのです。ところがナポレオンはなぜ勝てたかを本当によく理解していなかったのではないかと思います。
それは、勝ち続けていた頃のナポレオンの戦場はいずれも小さくて、ナポレオンはだいたい4万から5万の軍隊で戦っていました。ナポレオンは希有の天才ですから記憶力も抜群で、中隊長ぐらいまでの名前は皆、覚えてしまいます。そうするとあのへんの兵隊進めとか言わないので何連隊のミュラー中隊進めとかいって的確な命令ができたといいます。ところがロシア遠征を考えた時は何を思ったか、実に60万という大軍を動かそうと考えたのです。ロシアは大きい国だから大軍がいると考えたのでしょう。60万の軍隊を率いたときは4万、5万の時と同じような比率で将校も配属したのです。しかしこれは比率が同じだからいいというものではないのです。これには別の要素がどんどん入るのです。
例えば、大軍が進んでいきますと道路沿いですからいっぺんに行進できません。道路沿いでいくとその長さからえらく長くなってしまうのです。ナポレオンは先端に行って戦っています。ナポレオンは戦場では負けないから勝ちながらモスクワに入るのです。しかし、最後尾のほうは、まだポーランドどころか当時の東ドイツあたりにいるのです。勝っている最先端にいるナポレオンのところに食糧が思うように届かないから周辺から徴発しながら行くわけです。一番先端は敵の領土から略奪するからまだいいかが、その次に行く隊は本国から食糧はこないし、現地では戦闘部隊が徴発済みなので何もありません。簡単に言えばそういう図式になるのです。ナポレオンの軍の一回も敗けないけれども、モスクワ入ったときには60万の大軍が20万以下になってしまっているのです。ほかの40万ぐらいはどうしたかと言いますと、何となく散ってしまったのです。こんなことは、ナポレオンの計算にはありませんでした。もう一つナポレオンが忘れた事があります。4、5万までの軍隊であればナポレオンの能力を持ってすれば自分の頭だけで全部計画できるのです。ところが4万、5万までならいいのですが、50万、60万という兵になると能力を超えていたという点です。これを最後まで気付かなかったところに敗因があります。それまでナポレオンは連戦連勝でいい気になってしまった。自分が何に強くて、どうして勝っているのか、その理由を確認しないで進み続けたところに敗戦があったのだと思います。
今回の話は常に自己分析をする大切さを教えてくれます。それは中学生にとっては日々の過ごし方、期末テスト、内申、入試において自分はそういう能力でどういう性格だからこう取り組もうとか、この高校に行く為に自分の学力だと一日何時間したらいいのかとか。常に自問自答できた子のみ大勝利が得られるものと思います。